銀の風

三章・浮かび上がる影・交差する糸
―38話・睡魔との長い戦い―



リトラ達は、翌日の夜に出発した。
砂漠は暑い。日中に歩く事は文字通りの自殺行為だ。
よって、気温が下がる夜に動く事が原則となる。
その方が、人間やそれに似たメンバーは勿論、クークーにとっても楽だ。
確かに気温は昼間と比べると信じられないほど低くなるが、
フライパンのような灼熱地獄よりははるかにマシだ。
もっともリトラ達には、もう一つの問題があったが。
「リトラ〜……ねむいよぉ〜。」
「うっせー……おれだって眠いっつーの。」
一応全員昼寝してから出てきたのだが、メンバーの大半は本来昼間活動する種族だ。
おまけにまだ子供なので、正直夜中の強行軍はつらいものがある。
眠いが、うっかり寝ればクークーから落ちて死ぬ。
しかしだからと言って、昼の灼熱地獄の中を飛ぼうものなら、
今度はほぼ全員が高熱病で倒れかねない。
眠くても寝れない事とどっちがマシかと言われれば、
命の有無だけなら明らかに後者なのだが。
少なくとも、ここで倒れたら砂漠の光入手のためのアントリオン探しになる。
そんな道草を食っている暇はない。
「ったく、情けないなお前ら……。
俺は逆に調子がいいくらいだけどな。」
「そりゃー、あんたが夜行性だからでしょ〜?」
ルージュの嫌味に言い返しつつ、アルテマが目をこする。
彼女も例に漏れず眠いのだ。
いつもはもっとはきはき喋るのに、なんだか発音もはっきりしない。
眠気は、人からまずやる気と機敏さを奪うものである。
「ま、お天道様無しじゃ眠くなるもんね〜、あんた達。
ペリドちゃんも、うっかり寝て落っこちないでよー?」
「わ、わかってます。
だから今日は、苦いけどコーヒーを飲んでがんばってるんです!」
「しかも、大人用のマグカップで2杯も飲んでましたよね……。
ペリドさん、本当に眠くなくなったんですか?」
彼女は出発する1時間半前に、
苦い苦いと言いながら食堂でブラックコーヒーを2杯も飲んでいた。
ナハルティンやリュフタに止めとけと言われても、
頑として譲らずに飲みきっていた事は記憶に新しい。
苦味をこらえてコーヒーを飲む少女の姿は、
はたから見るとかなりシュールな光景だった。
「す、少しは効いてると思うんですけど……。」
少しはという事は、頑張って飲んでも気休め程度にしかならなかったということだろうか。
「ペリドちゃん、やっぱ眠いんか〜?」
「そ、そんなことはありません!大丈夫です!」
いつもの控えめさと違い、妙に意地を張っているように見える。
あれだけ飲んだのだから大丈夫と、
自己暗示でもかけているのではないだろうか。
なんだか必死にも見えたので、リュフタはそれ以上つっこまないで置いた。
彼女なりの優しさと言うか、配慮である。
「(本当に大丈夫なの?)」
ポーモルが心配そうに呟くが、
肉声なので当然周りにはクポクポとしか聞こえていない。
「それにしても、そろそろ途中で休んだほうがええんとちゃう?」
「まだだめだ。オアシスまでまだかかる。」
地図を見ているルージュは、リュフタの提案を即刻却下した。
赤く丸をつけた最寄りのオアシスまでは、まだそれなりに距離があるのだ。
「ありゃりゃ〜。それじゃみんな、
当分休憩はおあずけってわけだね〜。」
「え〜……まだなの〜……?」
夜でもルージュ同様元気なナハルティンの残酷な宣告に、
フィアスが情けない悲鳴を上げた。
名実共にパーティ最年少の彼にとって、午前様は拷問レベルだ。
すぐにでも寝たくて仕方がないのだろう。
「しょ〜がね〜な〜……。
おいフィアス、ロープ巻いといてやるからもう寝ちまえよ。
落ちないようにはしといてやるし。」
あまりに眠そうなせいか、リトラは珍しく哀れに思ったらしい。
腰のバッグから、そこに収まりそうもない長いロープを出して、
フィアスの体をクークーに固定しているロープとリュフタを結んだ。
「なんでうちなんや?」
“落ちちゃいそうですよ?”
ポーモルにもテレパシーで疑問を呈されたが、リトラは知った事ではない。
一方、ものすごく不安な状態だと知りもせず、
当事者のフィアスはもう完全に寝ていた。
「うっせーなー……レビテトでもかけときゃい〜だろ?」
実に投げやりな返答。
正直、もうフィアスの事はどうでもいいのだろう。
「いい加減やな、あんさん……。
眠気で思考能力落ちてるんとちゃう?」
「……。」
返事が返ってこない。もう返事するのも億劫らしい。
黙っていると余計眠くなりそうなものだが、
それさえもどうでも良くなるのが眠気と言うものだ。
リトラの撃沈も時間の問題と見える。
しかし、このままなし崩しにメンバーの大半が爆睡しても困る。
いくらなんでもロープが足りないし、ロープだって万能ではない。
気がついたらあの世の川の渡し守の船の上。
などということは、絶対に避けるべきだ。
オアシスまでは、クークーの速度でいえば後30分程度はかかる。
短いようで、結構長い。
当然、尋常ならざる眠気と戦う大半のメンバーにとっては、極端な話だが永遠に等しい。
「とりあえず……着くまで皆さん、
眠らないようにがんばりましょう……。」
ジャスティスの励ましの言葉も、眠気の中で聞こえなくなりそうだ。
「おーい、やっとオアシス見えてきたぜ。」
「え〜、本とにー?!」
「早いですね……。」
その言葉を聞き、期待に胸を膨らませて眼下の砂漠を見るが、
どこを見ても何も見えない。
暗いせいもあるが、見たところ何も見えない。
まさかこんな時に騙したのか。
恨めしそうにルージュを見ると、彼はケケケっと笑ってこういった。
「ざっと15キロは先だ。」
『……。』
嘘はついていなかった。
確かに持っていた小さな望遠鏡で見れば、ちゃんと目的のオアシスは見える。
だが、どう考えても詐欺だ。
言うの早すぎ馬鹿最低、等と 大声で罵りたかったが、
残念ながらその気力すらも湧いてこないアルテマとペリドだった。


―オアシス―
ようやくたどり着いた、海岸沿いのオアシス。
メンバーの疲労度を考えると、仮眠を取って次ということは出来そうもない。
何しろフィアスやペリド、ジャスティスのように体力のない者もいる。
今夜はここまでが限度だとリトラは思い、
コテージを取り出し、以前使った時のようにドアのつづりを刻む。
書いてから放り投げると、
コテージは白い丸い屋根と壁を持つ小さな一軒家になった。
前回と外観が違うが、実はこちらの外見の方が主流だ。
夜明け以降に襲ってくるであろう強烈な外気は、
後で考える事にする。
外のクークーはやはり哀れだが、
今回はオアシスの木々が立派なので少しはマシだろう。
ダムシアンに来てからというもの、なんだか虐待じみた処遇だが仕方がない。
彼の体がテントやコテージの倍以上あるせいだ。
「いっそバッグにしまうか……。」
「嫌われると思うから、やめといたほうがいいよ〜ん?」
やはりいまだに元気なナハルティンが、
からかうようにリトラをたしなめる。
内容はともかく、言い方が神経を逆なでしたいようにしか聞こえないが。
もっとも、嫌われそうだという意見は当たっているだろう。
「とにかく、お前らはさっさと寝ればいい。
その代わり、朝は早めに起こすからな。」
「夜中の見張りも、お願いしていいんでしょうか?」
「ああ。どうせその寝ぼけた頭じゃ、
見張ってたってカカシが突っ立ってるのと変わんないしな。」
結構な言い草だが、寝ぼけた頭では見張りにならないのは本当だ。
ここはその言葉に甘えて、さっさと寝てしまうのが得策だろう。
「それじゃ、まかせたからね〜……Zzz……。」
言い終わると同時にアルテマは眠ってしまう。
よほど眠気と戦う事に疲れたのだろう。
毛布に潜るというよりは、毛布と同化した状態で眠っている。
「んじゃ、おれも寝るか〜……。
おいジャスティスー、起きてっかー?」
「ええ、一応……あ、どうもありがとうございます。」
リトラに毛布を渡されたジャスティスは、
隅の方できちんと毛布を広げてそこに潜り込む。
寝る時まで行儀にこだわるとは、やはり寝方にも性格が出るものだ。
そんな調子で、短時間にほとんどのメンバーが寝てしまった。
外では、もうクークーも木の下で夢の中である。
5分も経たない内に、起きているのはルージュとナハルティンの2人だけになった。
「あ〜ぁ、見張りなんて退屈何だけどなー。」
「あきらめろ。起きてられるのは俺達しかいないんだ。」
いつもの1、2時間交代の見張りならいざ知らず。
今日のような夜の強行軍では、
恐らく誰も途中で起きて替わってはくれないだろう。
「ねールージュ、ちょっと占ってくんな〜い?」
「はぁ?何をだよ。」
見張らなくていいのかという問題があるが、
実を言えば外で体の大きいクークーが寝ている段階で、大概の魔物は近寄ってこない。
ダメ押し的にルージュが持つ竜の匂いや、
ナハルティンが放つ上級魔族の匂いもある。
この段階で、近寄るつわものはほぼいなくなるだろう。
だから、適当に遊んでも実は大丈夫なのだ。
「たとえば〜、明日一番不幸な奴とか♪
ヒマだから色々適当に占ってくれなーい?」
「お前な……そんなこと言うんなら、1回ごとに金取るぞ。」
これでも当たる占い師としても有名なのだ。
大体、そんな下らない理由で何回も占ってやりたくはない。
「え〜、ほっぺにチューしてみてもいいんならいいけどー?」
「……3回で1回の料金にしといてやる。」
ルージュは心なしか口の端を引きつらせて、そう答えた。
イタズラ心全開の笑顔でそんな事を言われて、背筋に鳥肌でも立ったのだろう。
冗談かもしれないが、冗談気分で本当にやってきそうな気がする。
本気で交渉するほどでもないので、ここは折れたほうが早い。
「そー来なくっちゃね〜♪」
案の定、思惑通りに言ってナハルティンは機嫌を良くした。
その後2人は、夜明けが近づくまで他愛もない事を占ったり、
メンバーに仕掛けるちょっとした嫌がらせを相談しあったりして遊んでいたという。
目的地までは、まだ遠い。



―前へ―  ―次へ―   ―戻る―

キリがよかったので、少なめでしたがここで切りました。
ぎりぎり一ヶ月以内を達成……。
この段階でもう片方の長編はというと……ゲフンゲフン!
今回は眠気で始まり眠りに終わってます。
皆さんお分かりの通り、眠気を我慢するのはつらいですよね。
夜に強い腹黒暗黒コンビだけはぴんぴんしてますが。
ちなみにナハルティンのほっぺにチュー発言は、あくまで冗談です。